みわさんに帰りたい

三輪 誠

そのおばあさんは総合病院の待合室で呼吸停止しました。
ALS疑いで通院していたのです。
直ちに気管切開を受け、それっきり病室で天井ばかりを見ている生活に入りました。

何か月経ったでしょうか。
やがて自宅へ帰ることになりました。
自宅が三輪医院と近いことと、三輪医院が24時間体制で往診と訪問看護をやっているので病院も決意したようです。
人工呼吸器を受け入れる施設が近隣にないことも理由のようでした。

退院当日は病院の先生が看護師を帯同してやってきました。
三輪医院訪問看護師と私が自宅ベッドサイドで神妙に引継ぎを受けました。
病院医師も少し心配そうでした。

翌日、私と看護師たちは自宅でしか出来ないことを開始しました。
まず、呼吸器を手動に切り替え体を起こし足浴をしました。看護師3人が必要でした。
久ぶりに足をジャブジャブと洗ってもらい患者さんは嬉しそうでした。

次に外出しました。
この日も手動呼吸器(アンビュウバック)に切り替えて、ツタの細道公園の紅葉を見ました。
この日も看護師を3人動員しました。
本人もご主人も本当に嬉しそうでした。

それもそのはず、病院待合室で気管切開されてからずーと天井を見て暮らしてきたからです。

病院医療と在宅医療の違いをまざまざと感じた瞬間でした。
アンビュウバックに切り替えて車で外出という私の思い付きに看護師は賛成してくれました。
危険ですと拒否せずに、痰とりの手動装置をつくり笑顔で協力してくれました。

写真を見ると、真っ青な秋空にどうだんつつじの赤が映り、本人とご主人と3人の看護師の満面の笑みが映っています。
藤枝市の在宅医療のパイオニアを自負する三輪医院訪問看護師の晴れ姿です。
かっこいいです。

しかし、そんな日も長くは続きません。
ご主人が他界したのです。
介護者がいなくなりました。
再び病院に逆戻りです。

訪問看護師がお見舞いに行きましたが、その時おばあさんが言ったそうです。

「みわさんに帰りたい」「また表に出たい」

もちろんしゃべれません。すべて口パクです。
看護師は涙ぐんで帰ってきました。

いっときでも外出できたのだ、あれだけ喜んでくれた、やれることはやった、私は看護師たちを慰めました。