チーム岡部結成

三輪 一太

本当のチーム医療に気づかせていただいた患者さんのお話。

私が総合病院を退職し3年目くらいのときだっただろうか。外来で通院中の患者が急に糖尿病が悪くなり、やせてきたため、調べてみるとすい臓がん末期であった。まわりの腸をガンがくってかかり、腸があと少しでつまりそうなので、病院では流動食しかとらしてもらえなかったという。すい臓ガンはとても悪い病気で現代医療をもってしても通常余命は月の単位となることが多い。入院中休日に総合病院に回診にいくと「あとは三輪先生頼んだよ。先生にお任せするから。」患者さんはにこにこしてこう言った。患者さんは私が三輪医院で働くずっと前から三輪医院の患者さんであり、私とも数年の付き合いがあり、信頼関係は強固であった。

 

「わかりました。任せてください。最期まで責任を持ちます。つらくならないように全力を尽くします。三輪医院に通えなくなったら、こちらから行くのが筋。これからは僕があなたのおうちに伺います」いつものごとく往診が始まった。

しかしこの患者さんに関しては不安なことがあった。グルメで、ゴルフが好きであり、随分前に妻を亡くしてからは高齢ながら1人で気ままに暮らしてきた。今後も1人暮らしを希望されている。余命数カ月のガンの末期で、いつ腸が詰まってしまうかもしれない人がはたして在宅で1人生きていけるのだろうか。

ケアマネさんは岡部地域ではあるが、三輪医院グループでない方が担当だった。なんとか本人ができるだけ家で安心して生きていけるよう、病院での退院カンファレンスはさることながら、メール、ミーティングを頻回に行い、ケアマネ、訪問看護師、ヘルパー、配食サービスなどありとあらゆる職種の人が協力した。チーム医療だ。大変グルメな方なので、本人の生きる希望は食事にありと考え、配食サービスには特別配慮いただいた。配食サービスは頻回にご自宅に入るので、見守りも兼ねていた。細かい希望をきいてくれ、本人の好きな、マグロのすしをかなりの頻度で出していただいた。そのほかラーメン、カレーなど本人が好きなものを希望通り出してくれた。こんな物食べていると言ったら病院のスタッフは驚くだろう。

はっきり言って、こうなると生きていく上で医者の役目などは少ない。チームが頑張ってくれている。みんないい仕事しているな。僕が責任をとるから大いにやってくれ。そんな気持ちだった。病院では病人でも家に帰れば家の住人。なるべく希望はかなえるようにしたい。流動食も、すしも良く噛んで食べれば胃の中の状態はそんなに変わりないだろう。なんとかおいしいものを食べてもらおう。こういうときは変に私も強気になる。

休日も含め、患者さんには毎日電話はしていたが、裏ではそれぞれの職種と連絡を取り合うようにし、細心の注意を払った。麻薬の量を上げた時は本人に会わずにちゃんと痛みがとれて、寝ることができているか家の電気が消えているのを確認しに夜こっそり見に行ったこともあった。私が往診すると、「うれしいなあ。先生と話すと元気が出るなあ」とおっしゃってくださり、往診の終わりにはいつも固い握手をして別れた。

結局腸が詰まりそうと言われながら1か月半の間、食べたいものを食べ、自由に暮らしていた。朝は自分でカーテンを開け、新聞を読んでいた。しっかり生きていた。あまり調子がいいので、「桜が満開になったので往診車で僕と一緒にお花見に行こう」と誘ったが、「それはこわいなあ」断られた。それならとカメラで撮った桜の写真をみていただいた。

最期は三輪医院グループの施設で迎えたい。との希望が最初からあった。空きが出たため入所したが、その翌日からぐっと調子が悪くなり一週間で亡くなった。亡くなる1週間前まで一人暮らしができていたのだ。

これからは一人暮らしでも最期を在宅で過ごしたい、あるいは、過ごさなければいけない患者さんは増えるだろう。そういう方を看取れるシステムを作っていかなければいけない。それには医者の往診だけではどうにもならない。ケアマネ、訪問看護、ヘルパー、配食サービスに至るまで素晴らしい実力があることが今回実感できた。岡部では1人で最期を迎えることが当たり前の選択肢になってくるような雰囲気を作りたい。そう思った。

ひとつひとつの職種がバラバラに対応するより、連携をとり、情報を共有し、患者さんの訴えに1分と遅れることなく迅速に対応することが大事だ。患者さん、ご家族が心配なるようでは在宅で過ごすことはできない。オーケストラの楽器のように多職種みんなで奏でれば素晴らしい音楽となる。その音楽を岡部に流したい。今までの自分のやり方ではまだまだ努力が足りなかったと反省した。

この患者さんの出来事を機に外来の休診日を利用して三輪医院グループでの定期的なカンファレンスを開始した。在宅の患者さん、外来の患者さんについて各職種が持っている情報を共有し、迅速な対応に非常に役立っている。ケアマネさん、ヘルパーさんなどは私が知らない家族のことや、ご近所のことまでよく知っている。最近はカンファレンスの参加者が増加している。三輪医院以外にも積極的に出ていくことにした。近隣の法人である葉月会でも定期的にカンファを行うことにした。葉月会は同じ町内のグループであるが、やる気に満ち溢れている。岡部を良くしようという気持ちは皆同じ。いい雰囲気だ。メールのやり取りも頻回である。連携が密になり関係がうまくいくと、たとえばガンの末期で手がかかる人が急に帰ってきても1日で準備してくれる。近隣のケアマネに自分のメールアドレスや携帯電話を公開し、とにかく何でも連絡するよう伝えている。岡部では在宅で困ったことなどないと言えるまでになった。
「チーム岡部」の結成である。

医療も看護も介護も最期ほど大変になる。最期まで看るということはつまり24時間365日対応になることなのだ。避けて通れば楽だ。避けて通る人もいる。避けて通れば海外旅行にもいける。子供の行事にも参加できる。ゴルフもできる。プールや、温泉に行っている時も携帯電話の着信を気にしないでゆっくりできる。晩酌だってできるだろう。しかし我々は逃げない。最期まで責任をもつ。チーム岡部は大好きな岡部のために泥臭く、まっすぐまじめにやろうという気合十分だ。最高の仲間だ。

先日高校の時の日記を発見した。こう記してあった。「ゴットハンドでなくても最期まで患者さんによりそってあげられる医者になりたい。俺は赤ひげになる。」

まだまだ足りないところだらけだが、情熱の炎となり岡部の小さな歯車となれれば嬉しい。