おばあちゃんがお母さんに戻った日

三輪 誠

女性は子供が生まれるとお母さんと呼ばれ、幸せな時間を過ごします。
やがて孫が生まれ、おばあちゃんに格上げです。
孫の前では「あばあちゃん」になり、孫がいない時は「お母さん」と呼ばれることもあります。
孫が小さいときは、「おばあちゃんはお母さんのお母さんなの」などと質問されたりしますが、その時期も過ぎると孫も娘もおばあちゃんが当たり前になっていきます。
3世代同居でいると一家に2人のお母さんはややこしいので自然と早くからおばあちゃんが通称になるようです。
でも本当は「おばあちゃんは永遠にお母さん」なのです。

その人は強い認知症でしたが、笑顔にあふれた明るい人でした。
机をトントン叩く癖があり、こちらが一緒にトントン叩くと不思議そうな顔をしました。
私が横で食事をしていると子供のような無邪気な表情で食べたそうにします。
私が「どっか具合が悪いのですか?」と返事を期待せずに話しかけると、「そうそう」「どっちでも」などと即座に言います。ちょうど独語のタイミングと一致するのでしょうが、見事な「相づち」です。そんな時は私もスタッフも思わず笑い出してしまうのでした。

デイサービスを利用しながらの介護でしたが、全面介助状態ですから家庭では大変な重介護のはずです。
しかし娘さんはそんなおばあさんを「かわいい」と表現していました。

随分長い間頑張っていたのですが、やがて食事が食べられなくなりいよいよ老衰になりました。それでもデイサービスは休みません。家でみているより安心とのことでした。

ある日、息が止まるときがやってきました。私は外来を抜け出しデイサービスに往診しました。すでに娘さん夫婦も来ていました。
私が外来に戻ってから息が止まりました。

スタッフの話しでは娘さんはいつも「うちのおばあちゃんは」と言っていたのに、その瞬間「お母さん、お母さん」と呼んだそうです。

最期におばあちゃんは「お母さん」に戻ったのです。

たったそれだけのお話しです。
「お母さん」と言われたおばあちゃんはきっと嬉しかったと思います。