やまいも

その家は道なりにどんどん山に入り、そこからまた沢に入った高台の木立の中にありました。紅葉が真っ盛りでしたので、10月の末だったのでしょうか。おじいさんは帯状疱疹後の顔の痛みと4年間戦っていたそうです。長い戦いは90才近い体にはこたえたのでしょう、初めて会った時はすでに衰弱し切っていました。今までは病院に通っていたとのことでしたが、尿の管も長い間交換してないし、体も清潔とは言えませんでした。病院にかかっているという理由で往診を遠慮していたたらしく、私が気軽に声をかけると、とても喜んでくれました。尿の管も久しぶりに交換し、気持ちよくなったのでしょう、いろいろ話がはずみました。帰りぎわには、介護疲れがみえていたお嫁さんにも笑顔がみられました。

その家は農家ですから、玄関の外に水道があり、その脇の土が掘り起こされていました。どうやら往診のお礼にやまいもを掘ってくれているようでした。しかし、介護の合間に掘ることと、土が硬いことが重なって、なかなか掘り進みません。そうこうしているうちに、おじいさんの容態が悪化してきました。こうなると、家人も私もやまいもどころではなくなりました。それでも春も近い頃、ようやく掘り起こされました。それは長さはあるが、やせて、曲がりくねって、曲がりに泥が深く食い込んだものでした。いかにも、掘る苦労がしのばれましした。家内も苦労してとろろ汁を作ってくれましたが、出来上がったものは、鉄のにおいが強い、色が赤いものでした。

「鉄くさいなあ」
「これが地のものよ」
「生えていたのが、水道管の横だからな」
「おいしいわよ」
「そうだよな、苦労して掘ってくれて、ありがたいことだ」などと言いながらたいらげました。そしてすぐにおじいさんが亡くなりました。3月3日でした。