命の電話

それはまだ三輪医院が訪問看護を始めたばかりの頃、今で言えば「老老介護」というものでしょうか。「総合病院を退院したが、鼻から管も入っているし、どうしたらよいか困っている」というSOSが娘さんから入りました。話を聞くと、隣の市にいるおばあさんがたった一人で懸命におじいさんを看病しているようでした。少し遠い場所でしたが頼まれたからにはやるしかない、直ちに往診と訪問看護を開始しました。しかしすぐに問題点が発見されました。おばあさんが高度の難聴だったのです。 どの方もそうですが、病院から帰ってきた直後は様々な解決すべき問題点があります。患者さんの健康状態も不安定になりがちです。かなり濃厚な情報のやりとりが必要です。訪問の予定にしろ体の具合にしろ常に電話で問い合わせをしながら在宅療養はおこなわれるのです。でもおばあさんは電話をしてもベルの音が聞こえず電話にでられないのです。
さて、どうしたものかと考えているうちに、案の定、発熱が始まり頻繁な連絡が必要になってきました。
さあ、皆さんならどうしますか。

私はおばあさんから定時に電話をかける方法を考えました。おばあさんが毎朝決められた時間に看護婦に電話をかけ、看護婦はその時間は必ず電話の前で待機するのです。おばさんは看護婦が作った項目(例えば体温とか、お通じの具合とか)に従って一方的に病状をしゃべり、それを聞いてこちらは訪問の判断をするのです。まさに「命を守る電話作戦」です。この命の電話はしばらく続きましたが、やがて病状が落ち着き中止しました。

おじいさんが亡くなった時、死後の処置のために奥の部屋に入り、その電話をみつけました。黒い、古い、ダイヤル式の電話でした。