「幸せを実現する医療」(治すから支える、への転換)

三輪 誠

<はじめに>

病を治す、命を助けると人は幸せになるのでしょうか。

まだ人々が自家用車を持てない頃、往診は盛んでした。
流行性感冒(今のインフルエンザ)の高熱で苦しむ方々を一晩中、往診し続けていた父を想い出します。
翌朝、「昨日は一晩中、忙しかったな」と起きてくる父は子供の私にとってヒーローでした。
治療により幸せを与えることができる医師は良い職業だと思いました。

私の身内で悪性疾患に罹患しましたが、最先端医療で元気になった者がいます。
私自身も髄膜炎、腰椎ヘルニア、骨折、肝炎、心臓カテーテル経験など華麗な病歴があります。その一つ一つがもし治らなかったらと考えるとぞっとします。
病を治す、命を助ける医療により人は幸せになります。

では、高齢者はどうでしょうか?
看取りが増えるにつれ私の考えは変わりました。
命よりも大切なものがあることに気づかされました。
それは無事に暮らすこと、無事に終わることです。
それを実現する医師、介護職にもっとスポットライトを当てるべきだと思います。


<救命にこだわりすぎた失敗例>

昔、私が往診していた症例で失敗例があります。
脳梗塞で寝たきりのご主人を奥さんが懸命に看病していたケースです。
経管栄養、膀胱留置カテーテル設置で、喀痰吸引が必要な方でした。
奥さんがとても気さくな方で、新米開業医の私を持ち上げてくれた、作物をおみやげに包んでくれたり、往診も楽しいものでした。
ある日、ご主人が高熱とひどい痰に苦しみ始めました。
過去にも何回か同様の症状がありましたが、そのつど入院せずに点滴で小康を得ていました。
しかし、その時は症状がはげしく、私は思わず入院を勧めました。
奥さんはためらっていましたが、私の強い説得で同意しました。
そして入院のまま亡くなりました。
お悔やみに伺うと、「先生が勧めたから入院したが、本当は入院したくなかった、自宅で終わらせてやりたかった」と泣きました。
私の思い入れが強すぎたのです。親しかっただけに死んでは困ると思い過ぎたのです。
死に瀕した方、それを見守る家族にとっての「幸せ」とは何かを考えさせられました。
命を助けようとするあまり、幸せを実現できなかったと思いました。


<母の施設入所>

それでは何が何でも自宅で暮らし、自宅で終わるほうが良いのか。
最近、同居していた95才の母が施設に入所しました。介護度4です。
車イス生活でしたが、不自由な体で動こうとしてベッドや車いすから転落することが目立ってきたからです。
一旦床に落ちてしまうと自力でベッドに戻ることが出来ません。
そのまま家族が気付いてくれるまで待つしかありません。
家族はいつ転落するか分からないので外出も出来なくなります。本人も苛立ってきます。
考えた末に入所となりました。
入所してからはこちらの心配をよそに、落ち着いて暮らしています。
そんな母を見て、家族もホットしています。
心底から介護施設のありがたさを感じています。
「年寄りは医療よりも介護なんだな」と痛感させられました。


<介護施設での医師の存在>

母は95才です。大げさに言えば、いつポックリいってもおかしくない年齢です。
預かる介護スタッフもそれは感じています。
私は自施設ですから毎日母に会うわけですが、施設内を医師が移動しているだけで介護職は安心するようです。
実はデイサービスでもどこでも介護スタッフは高齢者の突然の病やけがを恐れているのです。しかし医師不在でもサービスは提供し続けなければならないのです。
介護が十分な力を発揮し、本人と家族に安心を与えるためには医師の存在が欠かせません。
医師は治療のためにだけ存在しているのではないようです。


<先人たちの医療>

志太医師会史をひも解くと、こんな記述があります、
「町内に伝染病が流行し、医師たちは先頭に立って、行政とともに消毒活動に励みました」
「最近、牛乳が滋養強壮に良いとされ市民が飲用しているが、殺菌方法に疑問がある。医師会として正しい殺菌方法につき教育している」
「産婆の技術が未熟であり、志太医師会で教育していくことになった」

先人たちは、治療行為のみならず、広く市民の幸せを願って行動していたようです。
現代においても、治療のみならず幸せを願う医療が必要です。


<全ての人に幸せを与える医師の存在>

今、総合病院救急救命センターが困っていることは、紹介状もなく、突然救急搬送される症例です。

急変し入院を要するのに往診医に連絡がつかない、嘱託医、施設長に連絡がつかない、だからとりあえず救急車に乗せる、紹介状はないという症例です。

紹介状なしで患者さんを引き受けた病院も大変ですが、同時に、紹介状なしで救急車を呼ばなければならなかったご家族、施設介護職の心情はいかほどだったでしょうか。
このような事態が繰り返されれば、介護現場は医師を信用しなくなります。

介護現場を支える医療こそ「全ての人に幸せを与える医療である」ことを学びましょう。


<まとめ>

高齢者が激増している現代にあっては、治そうとするだけの医療は時代遅れです。
患者さんと家族が幸せを感じてもらうことを目標とした医療が望まれています。
我々医師は、「病を治すためにだけあるのではなく、人を幸せにするためにある」ことを肝に銘じ、介護現場と家族を助けることも医療であるという考えを持たねばならないでしょう。